PMIの失敗事例① 価値観の衝突(結果編)― 増産計画の達成が招いた、工場長と従業員の離職

2026年9月17日、代表の伊藤祝が、アドバイザーを務める東京都中小企業振興公社の「令和8年度 第2回PMI(経営統合)セミナー」に登壇しました。

こちらのブログでは、当日参加できなかった方や東京都以外の事業者のために、セミナーの内容を全29回の連載でご紹介しています。今回は第4回です。

前回の経緯編(第3回)では、事例①の経緯をお伝えしました。今回は、その結果と教訓です。

これまでの経緯

  • 東京の食品メーカーが、東北地方の飲料メーカーをM&Aした
  • 買い手は、夏に生産量が伸びていないのは資金不足のせいだと考え、お盆を含む増産を計画した
  • 工場長は「この地域では、お盆に人は集まらない」と渋ったが、買い手は計画の達成を指示した。工場長が従業員を説得し、増産計画は達成された

半年後、工場長が突然、退職を申し出る

増産から半年ほどたった頃、工場長から突然、退職の申し出がありました。買い手は、なぜ急に辞めると言い出したのか理解できませんでした。計画を達成したことで、工場長の評価も上がっていたからです。

工場長は、M&Aの直後は、買い手の指示になんとか応えようと頑張りました。しかし冷静になって考えると、来年以降も毎年、同じことが起きます。この地域で人繰りをつけるのは大変です。それに、地元の仲間にこれからもずっと無理を強いることはできません。

工場長は、買い手と地元の仲間との板挟みになるのが嫌で、退職を選んだのです。

東京から送った新しい工場長が、状況を悪化させた

仕方なく、買い手は東京から新しい工場長を送り込みました。ところが、これが状況をさらに悪化させます。

新しい工場長は、当然ながら、本社の意向を忠実に実行しようとします。従業員からすると、同じ地元の工場長がいなくなり、これからは本社の方針がそのまま下りてくる。そう感じたのだと思います。先行きを心配した従業員が、次々と辞めていきました。

ベテランの従業員が抜けた工場では、生産性がみるみる悪化し、M&A前の水準を下回るまでになりました。さらに、「お盆に休めない会社」という評判が地域に広がり、その後の採用にも苦労することになりました。

半年後に工場長が退職を申し出、東京から送った新しい工場長の下で従業員が次々と辞め、生産性はM&A前を下回り採用にも苦労した

何が問題だったのか

夏の需要を取り込みたいという買い手の経営判断そのものには、合理性があります。

問題は、売り手の事情を理解する前に、自分たちの常識だけで増産を決めて実行してしまったことです。

買い手は、手当をはずめば従業員は働いてくれるだろうと考えていました。しかし、この地域の人たちにとって、お盆に家族や親族と過ごす時間は、手当では代えられないものでした。

従業員の多くが、近くにある大手の食品工場ではなくこの会社で働いていたのは、お盆に休めたからです。それがなくなれば、人が集まらなくなるのは当然でした。

振り返ると、確認できた時点が2つありました。

  • 売り手の業績を調べた時点。 夏に生産量が伸びていないのを見て、買い手は「資金がなかったからだ」と推測しました。その理由を、売り手に確かめていれば、お盆の事情は分かったはずです。
  • 工場長が「お盆に人は集まらない」と言った時点。 買い手は、工場長の話を聞いたうえで、計画を押し切りました。まずは現場の状況を確認し、責任者である工場長の意見を聞きながら、運営を考えるべきでした。

3つの統合で見ると ― 欠けていたのは「意識の統合」

第2回でお話しした「経営・業務・意識」の3つの統合で見ると、この事例で欠けていたのは意識の統合です。具体的には、売り手の地域の価値観を理解していなかったことです。

増産の計画を立てることも、工場を動かすことも、業務としてはできていました。それでも、相手の価値観を理解しないまま進めたことで、人が去り、M&Aの目的からは遠ざかってしまいました。

この事例の教訓

  • 売り手の価値観や慣習を理解し、自社の常識だけで変更を決めない
  • 何を変え、何を残すかを判断し、現場の反応を見ながら進める

第1回でもお伝えしましたが、買い手の価値観ややり方に相手を従わせようとすると、うまくいきません。海外はもちろん、同じ日本の中でも、地域が違えば、自分たちとは異なる価値観と事情があります。

PMIを行うときは、まず相手をよく理解すること。そのうえで、何を変え、何を残すのかを、現場の反応を見ながら進めることが重要だと思い知った事例でした。

まとめ

  • 増産計画は達成されたが、半年後に工場長が退職し、後任の下で従業員も次々と辞めた
  • 生産性はM&A前を下回り、「お盆に休めない会社」という評判で採用にも苦労した
  • 原因は、売り手の価値観を理解する前に、自社の常識だけで増産を決めて実行したこと。欠けていたのは意識の統合だった

次回は、事例②「人材の一斉離職 ― M&Aで揺らいだ『残る理由』」の経緯編です。資格者と技術者の獲得を目的に、機械メーカーが設備工事会社をM&Aしたところから話が始まります。

【連載】中小PMIの事例から学ぶ 買い手側のリスクと対応策(全29回)(順次公開予定)

導入
第1回 中小M&AのPMIは、話が来た時から始まる
第2回 PMIとは何か ―― シナジーとリスク、3つの統合

7つの失敗事例(各事例とも経緯編・結果編の2回)
第3・4回 事例① 価値観の衝突(第3回 経緯編/第4回=本記事)
第5・6回 事例② 人材の一斉離職
第7・8回 事例③ 仕入先の離反
第9・10回 事例④ 創業社長の退任
第11・12回 事例⑤ 何も変わらないM&A
第13・14回 事例⑥ 進まないクロスセル
第15・16回 事例⑦ 内製化の誤算
第17回 7つの失敗に共通していたこと

M&A前の準備
第18回 M&Aの目的を再確認する
第19回 売り手への理解を深める ―― トップ面談とDD
第20回 M&A後の経営体制と初動を準備する

計画と7つのツール
第21回 計画は書き出して初めて確かめられる
第22〜29回 7つのツールの使い方(検討開始シート/目的整理シート/M&A事業計画書/統合初動アクションプラン/100日アクションプラン/振り返りシート/再診断シート)

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