【PMIとは何か】理念なんて「壁紙」だと思っていた

― 4,000人の経営統合で思い知らされたこと。プルデンシャル生命保険の教訓

「MVV」を軽視していた私

長年、銀行員として数多くの企業を担当してきた私は、
経営理念やミッション・ビジョン・バリュー(MVV)というものを、かなり冷ややかな目で見てきました。

そんなものを掲げたところで、業績が上がるわけでも、現場の混乱が収まるわけでもない。
どこか朝礼で社訓を唱和するような、形式的で古臭い儀式。
「そんなものを大事にする会社なんて、ちょっと変だよな」――本気でそう思っていました。

そんな私が銀行を辞め、ある企業でM&Aを実施し、
PMI(経営統合後の組織統合)にステアリングコミッティメンバーとして関わることになります。
すると、統合相手の経営陣との最初のミーティングの場で、先方社長から開口一番こう提案されました。

「まずはMVVを決めましょう」

それを聞いた私の率直な感覚は、
「何言ってんだ。また面倒な精神論が始まったな」というものでした。

二つの異文化が衝突した「4,000人の統合」

私が最初に関わったのは、それぞれ2,000人を超える従業員を抱える二つの企業の統合でした。

一方のA社は、業界を牽引してきた老舗企業(平均年齢40代半ば)。
もう一方のB社は、ネット活用で急成長したベンチャー企業(平均年齢20代後半)。

社員同士の最初の懇親会で、B社の女性マネージャーが話していた言葉を今でも覚えています。

「A社のおじさんが、私のことを『〇〇マネージャーとか、その年で部下がたくさんいてすごいですね』
とか言うのよ。なんか、こっちが『すごいですね』って言いたいわ」

B社では、社長であっても役職では呼ばず「〇〇さん」。部下とは言わずに「メンバー」と呼んでいました。
このように、水と油のような二社が合併し、一気に4,000人規模の組織になるわけです。

今考えると、まずは「意識の統合」と当たり前に考えるのですが、当時の私は、

「PMIは「業務プロセス」や「人事制度」の統合が先、現場の問題を解決するのが第一」

と信じて疑いませんでした。
だから、先方の経営者の「まずはMVV」という話を聞いた時、

「理念なんかどうでもいいでしょ。もっと早く決めるべき現実的な課題があるだろう」

と思ったのです。

私には、彼らがなぜそこまでMVVに固執するのか、その意味が全く理解できていませんでした。

記憶の底から蘇った「浮利を追わず」

気乗りしないまま、MVVの議論に加わった私ですが、やるからには中途半端にはできません。
そもそも「MissionとVisionって何が違うの?」というレベルだった私は、
MVV関連の書籍を読み、いくつかの事例を通じ、少しずつ理解を深めました。
すると、ふと銀行での経験を思い出したのです。

新卒で銀行に入ると、研修で、企業やグループの歴史、大切にしてきたものを学びます。
そこにMVVなどという言葉は出てきません。
ひとつだけ、それっぽい話は、「浮利(ふり)を追わず」という言葉でした。

そんなことを忘れたある日、
下町の支店で新規開拓に奔走しながらなかなか実績があがらなかった私に、支店長がこう問いかけました。

「伊藤、もしラブホテルのオーナーから融資の依頼があったら、お前どうする?」

私は、ちょっとだけ考えたあと、こう答えました。
「違法なビジネスではないし、金額も大きくなるはずなので。採り上げたいです」

すると、支店長はまじめな顔をして、こう言いました。

「その事業が、社会に本当に必要とされているか、それをよく考えろよ。
銀行の役割は、社会になくてはならない産業を支えることだ。
『浮利を追わず』って教えられただろ。目先の成績や利益に目を眩ませるなよ」

実際、ラブホテルへの融資は明確に禁止されていたわけではなかったと思いますが、
実態としてはグレーな領域だったと思います。
中には巧妙な迂回融資の手法を使って、数字を積み上げた支店もあったような気がします。
(その積み重ねでバブルが弾け、銀行が大きな痛手を負ったこともご存じの通り。)

しかし、支店長が若手だった私に求めたのは、そんな小手先のテクニックではなく、
銀行の使命に照らして「正々堂々とぶつかる」ことでした。

ああ、あれがMVVみたいなもんか。

MVVなんて真面目に考えてる会社なんてないだろ、と思っていた私が
自分にもそれが刷り込まれている気づいた瞬間でした。

因みに、そんな高潔なことを言った支店長ですが、
満面の笑顔でこう付け加えることも忘れませんでした。

「……まあ、それはそれとして、今期の目標は必達。死ぬ気でやれよ」

「鬼か...」と当時の私は心の中で突っ込んだのですが、今ならわかります。
それが「経営」というものであることを。

理念は大事。でもそれと同時に、数字を諦めてもいけない。
ただ、数字を追うために魂(理念)を売っては絶対にいけない。

この「浮利を追わず」という言葉には、
単なる儲けの否定ではない、三つの深い含意がありました。

  1. 短期的な利益(一時的な流行や投機)を追わない。
  2. 道義に反する利益を取らない(それが社会にとって正しいか)。
  3. 一度失えば取り戻せない「信頼」を最優先する。

今振り返れば、これこそが「理念が機能している状態」そのものでした。

そんな理念がありながら、銀行は、バブルが弾けた後、多額の不良債権に苦しみました。
本来取り扱うべきではない案件に手を出して痛い目にあったり、
地元の金融機関の領域まで根こそぎ奪ってしまったり、
顧客や社会にかなりの迷惑をかけてしまったことが少なくないことも事実です。

しかし当時、この「浮利を追わず」という考え方が強く浸透していたことも、また事実なのです。

「文化」は自然には揃わない

私が長くいた銀行のような組織では、価値観は「空気」のようなものでした。

しかし、PMIの現場は違います。

育ちも、成功体験も、判断の優先順位も全く違う人たちが、突然同じ机に座る。
さらにそこへ、どちらの文脈も持たない新しい人材が次々と加わっていく。

この状況で、文化が自然に揃うことは、100%あり得ません。
意図的に作り直す必要があるのです。

統合側の経営陣がMVVにこだわったのは、それが好きだったからではありません。
「MVVがなければ4,000人の組織は漂流し、いずれ空中分解する」
という強烈な危機感があったからなのだと、今では痛いほどわかります。

理念は「免罪符」ではない:プルデンシャル生命の教訓

ただし、立派なMVVを掲げさえすれば組織が正しく動くわけではない、
ということも忘れてはなりません。
例えば、今まさに話題になっているプルデンシャル生命が良い例です。

「顧客から最も信頼される会社になる」というビジョンを掲げながら、
100名を超える社員が顧客から多額の金銭を騙し取っていた彼らのCore Valuesには、
「信頼に値すること」と並んで「勝つこと」という言葉があります。

現実には大規模な詐欺事件が起きてしまった。

これは「勝つこと」というバリューが独り歩きし、
他の「信頼」というブレーキを焼き切ってしまった結果ではないでしょうか。
理念が単なる「表向きの顔」となり、現場の評価制度や力学と完全に乖離していたのでしょう。

MVVを「作った」だけで満足するのは、車に豪華なエンブレムをつけただけです。
「その言葉が、現場の苦しい判断の局面で、本当に機能するか?」を問い続け、
組織にそれが浸透していなければ、ただの絵に描いた餅になってしまいます。

理念が「武器」になる瞬間

ある大学院の教授と話していた時、
「経営理念なんかで会社が良くなることは絶対にないですよ」と言われました。

確かに、経営理念やMVVは、それ自体が売上を作る魔法の杖ではありません。
しかし、組織が迷ったときに立ち返る場所になります。

  • 誰かが数字のために暴走しそうになったとき。
  • 現場の判断が真っ二つに割れたとき。
  • 「この会社として、どちらを選ぶのか」を揃えるとき。

その時に、立ち返ることができる場所。それがMVVではないかと思います。
MVVがあるだけで会社の業績が良くなることはないでしょう。でも、

MVVがない会社が、大きく、永続的に成長することはない。

銀行員として、そして当事者として修羅場を経験した今、私はそう確信しています。


次回予告: では、この「目に見えない意識の統合」を、
具体的にどうPMIのプロセスに組み込み、プルデンシャルのような形骸化を防ぐのか。
実務的なアプローチについて書きます。

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