M&A後の人事制度統合~社員を辞めさせないために、最初にやるべきこと
― 人事制度・給与・評価をどこまで、どう揃えるか【PMI実務Q&A:第13回】
「買収先の社員の給与体系がバラバラで、どう揃えればいいのか分からない」 「制度を変えたことで、優秀な人材が辞めてしまわないか不安だ」 M&A後の人事統合では、多くの経営者・人事責任者がここで判断に迷います。
こうした悩みについて、実際に寄せられた相談が次のケースです。
当社は同業のE社をM&Aで譲り受けました。E社には約100名の社員が在籍しており、人事制度・評価制度・給与体系は当社と異なっています。
ただ、営業部門をはじめ今後は当社と同じような業務運営に携わってもらう以上、これらの制度を一定程度統合する必要があると考えています。 一方で、どこまで統合すべきなのか、また、いつ・どの順番で進めるべきなのか判断がつきません。一気に統合すれば、現場運営に支障が出る懸念もあります。
M&A後、人事制度・評価・給与は、どこまで・どのように統合すべきなのでしょうか。
- 人事制度・評価・給与は「一気にすべてを統合しない」
- 前提は「買収側の既存制度」に、買収先の人材をどう当てはめるかである
- 初期の等級・資格付けは「確定」ではなく「仮置き」と考える
- 給与・報酬の統合は、最後に慎重に判断する
M&A後の人事制度統合では、
議論が「どこまで揃えるべきか」「制度を作り直すべきか」に向かいがちです。
しかし、実務上多いのは、
買収側の既存の人事制度に、買収した企業の人材をどう組み込むかというケースです。
制度を一から作り直すというよりも、「今ある制度に、どう当てはめるか」
ここに実務上の悩みが集中します。
以下では、制度そのものを作り直す話ではなく、
既存の人事制度に人を当てはめていく際の考え方と、その進め方に絞って整理します。
1.制度統合が必要かどうかは「M&Aの前提条件」次第
まず押さえておきたいのは、
人事制度・評価・給与の統合は、すべてのM&Aで必要になるわけではない、という点です。
業種が異なる場合、地域が大きく離れている場合、事業モデル自体が異なる場合
こうしたケースでは、制度を無理に揃えないという判断も、実務上は十分に合理的です。
一方で、質問者のように、
- 同業である
- 地域も近い
- 今後は業務運営や経営管理を統合していく前提である
という場合には、
人事制度・評価・給与を一定程度揃えていくことは避けて通れません。
同じ業務を行い、同じ成果を求める以上、
制度だけが別々のままでは、いずれ不公平感や運営上の歪みが生じます。
制度統合は「やる・やらない」の問題ではなく、
業務統合を進める以上、結果として必要になる作業だと捉えることが重要です。
2.人事制度・評価・給与は「同時に全部」揃えない
ただし、PMIの初期段階で、
人事制度・評価制度・給与体系を一気にすべて変えるのは、最も避けるべき進め方です。
一度に変えてしまうと、
- 何を基準に評価されているのか分からない
- 自分の処遇がどうなるのか見えない
- 評価する側の上司も制度を理解しきれていない
といった不安や混乱が、同時に発生します。
PMI初期に優先すべきなのは、
制度を完成させることではなく、業務が止まらないことです。
人事制度・評価・給与は、
「制度(枠組み)→ 評価(運用)→ 給与(結果)」という関係にあります。
結果である給与から先に揃えようとすると、必ず混乱が生じます。
そのため、制度は段階的に整理していく、という考え方が現実的です。
3.まず、「既存の人事制度の判断基準」を整理する
制度統合を進める際に、整理すべきことは、
買収された側の人事制度では、等級や資格が何を基準に決まっているのか
という点です。
人事制度と一口に言っても、
- 年齢や勤続年数を重視する制度
- 職務内容や役割を基準とする制度
- それらを組み合わせた制度
など、実態は会社ごとに大きく異なります。
この前提を十分に確認しないまま、
買収された側の人材をそのまま買収側の既存制度に当てはめてしまうと、
後になって必ず無理が生じます。
多くの中小企業のM&Aでは、
買収する側の方が規模が大きく、制度も比較的整っているケースが一般的です。
このような場合、
買収された企業の人材を、買収した側の人事制度にそのまま当てはめることは、
実務上、慎重に考える必要があります。
実際には、能力・経験・担ってきた役割が完全に一致するケースはあまり多くありません。
そのため実務では、
まず買収された企業の社員が現在受け取っている給与・報酬水準を確認し、
その水準に見合う資格・等級に、いったん位置づける
という判断が取られることが多いのです。
4.初期格付けは「確定」ではなく「仮置き」と考える
前章で述べたように、既存の人事制度に人を当てはめる際には、
まずは給与・報酬水準を起点に、資格・等級を仮に位置づける
という進め方が現実的です。
ただし、この時点で行う格付けは、
あくまで「仮置き」であり、最終判断ではない
という点を、経営が明確に認識しておく必要があります。
M&A直後の段階では、
- 実際の業務遂行能力
- 買収側の組織や業務への適応度
- 周囲との役割分担や関係性
を十分に見極めることはできません。
最初から完璧な格付けを行おうとすること自体が、現実的ではありません。
重要なのは、
一定期間の運用を通じて見直す前提を、最初から組み込んでおくことです。
そしてこの「仮置き」という考え方は、
経営側だけでなく、社員にもきちんと伝えておく必要があります。
- 現在の資格・等級は暫定的なものであること
- 一定期間後に見直す可能性があること
- 見直しの結果、上がる場合もあれば下がる場合もあり得ること
これを事前に説明せず、初期の格付けだけを示してしまうと、
社員はそれを「確定した評価」と受け止めてしまいます。
後から修正しようとすれば、
合理的な判断であっても、強い不信感や反発を招きかねません。
PMIにおいて本当に警戒すべきなのは、能力や将来性があるにもかかわらず、
初期の格付けに納得できない人材が、静かに離職してしまうことです。
だからこそ、初期の資格・等級付けは「仮置き」と割り切り、
見直しを前提とした運用であることを明示したうえで進める――
この姿勢そのものが、制度統合の成否を左右します。
なお、ここまでの整理は、買収した側の人事制度・報酬水準の方が高いケースを主に想定しています。
しかし実務上は、買収された側の企業の方が、特定の職種や人材について
高い報酬を支払っているケースも決して珍しくありません。
このような場合には、ここで述べた考え方だけでは対応しきれず、
制度そのものの見直しが必要になることもあります。
この点については、次回、もう一段踏み込んで整理します。
✅次回予告
【PMI実務Q&A】~ M&A後、給与が下がる可能性があるとき、どう向き合うべきか
M&A後に人事制度へ人材を組み込む過程では、手当の整理や等級の見直しにより、
結果として給与が下がってしまう可能性が生じるケースもあります。
こうした場面では、いわゆる「不利益変更」に該当しないかという法的な論点と、
制度の整合性をどう保つかという経営判断の両方が問われます。
次回は、不利益変更のリスクをどう考えるべきか、給与調整や経過措置をどう設計すべきか
といった点について、実務の視点から整理します。
※ PMIの進め方は、制度や手順以前に「人と組織の混乱」をどう扱うかが成否を分けます。
私自身がPMIの渦中で直面した経験については、こちらでまとめています。
👉 PMIとは何か ― M&Aの契約後に本当に起きること(実体験)

