社員はお金で動かすな ~ モチベーションと報酬の意外な関係~
~ 中小企業の社長が知っておくべき『目標・KPI・利益』の考え方|第8回
前回、固定観念を外して物事を分解することで、
社員が自分で答えを見つけられるようになるという話をしました。
では、社員が自ら考え動くようになるために、経営者は何をすべきか。
今回はモチベーションと報酬の関係について、
心理学の実験から見えてくる意外な真実を整理します。
1.お金を見せた途端に、人は考えなくなる
前回紹介したカール・ドゥンカーのロウソクの実験を使って、
心理学者のサム・グラックスバーグが1962年に興味深い実験を行いました。
画鋲が箱の中に入った状態の図を見せ、
「テーブルに蝋が垂れないようにロウソクを壁に取り付けよ」
という問題を2つのグループに出しました。
Aグループには「この問題をどのくらいの時間で解けるか、
平均時間を計りたいので協力してほしい」と伝えます。
Bグループには「この問題を早く解いた上位25%の人には5ドル、
1位になった人には20ドルを提供する」と伝えました。
1962年の5ドルは、現在の価値に換算するとかなりの金額です。
さて、どちらのグループが早く問題を解いたでしょうか。
結果は驚くべきものでした。
お金をもらえるBグループではなく、何も言われなかったAグループの方が、
3分半以上早く問題を解いてしまったのです。
2.なぜ報酬が逆効果になるのか
「成果を出したらお金を出す」という成果主義の常識を覆す結果です。
グラックスバーグはこの実験から、
「クリエイティブな作業では、金銭的なインセンティブはその結果に悪影響を与える」
と結論付けています。
なぜか。
お金をもらえると聞いた瞬間、人は「早く解かなければ」という焦りにとらわれます。
視野が狭くなり、目の前の報酬に意識が向いてしまう。
その結果、箱をロウソク立てとして使うという柔軟な発想が生まれにくくなるのです。
考えることが必要な仕事に、金銭的なインセンティブを持ち込むと逆効果になる。
これは中小企業の経営者にとって、実は朗報です。
リーダー格の社員を育てるためにお金を使う必要はないからです。
3.ただし、単純作業には効果がある
ここで重要な条件があります。
グラックスバーグは同じ実験を、「比較的解きやすい問題」でも行いました。
第7回「KPIはなぜ機能しなくなるのか」で行った、画鋲が箱の外に出た状態の図を見せた場合です。
すると今度は逆の結果が出ました。
報酬を提示されたBグループの方が、早く問題を解けたのです。
この実験からグラックスバーグは
「金銭的なインセンティブは単純作業に対しては効果的に働く」
という結論も導き出しています。
解き方が見えていて、あとは実行するだけという場合、
目の前にニンジンをぶら下げることで生産性は上がる。
つまり、仕事の性質によって、動機付けの方法を変える必要があるのです。
4.KPIの運用に当てはめると
これをKPIの運用に当てはめると、こうなります。
Keyを探してKPIを設計するような創造的な仕事には、
考える機会と達成感を与えることが効果的です。
将来リーダーに育てたい社員には、
KPIの修正作業に参加させ、自分たちで考えさせる。
それが最も効果的な育成方法になります。
一方、訪問件数や電話件数のような単純な行動目標については、
達成に対してインセンティブを与えることが効果的です。
経験が浅い若手社員には、
シンプルなKPIの達成に報酬を結びつけることで、行動量を増やせます。
社員の熟練度と仕事の性質に合わせて、動機付けの方法を変える。
報酬が限られている中小企業でも、この使い分けさえできれば、
コストをかけずに業績向上と人材育成を同時に実現できる可能性があります。
5.経営者の役割は「考える場を作る」こと
ここまでの話を整理すると、経営者の役割は2つです。
一つは、正しいKPIを設定すること。
もう一つは、社員が考えられる環境を作ることです。
KPIの設計や修正に社員を巻き込み、自分たちで考え、決めたKPIを達成する。
その達成感の積み重ねが、社員を育てます。
経営者が答えを与え続ける組織は、経営者がいなければ動けない組織です。
社員が自ら考え、自ら動く組織を作ることが、中小企業が強くなる唯一の道です。
お金をかけなくても、考えさせることで人は育つ。
これがKPIという仕組みの、もう一つの本質です。
✅次回予告
次回からは「利益を増やす」というテーマに入ります。
売上を上げることと利益を増やすことは同じではありません。
売上の構造を理解し、限られたリソースで利益を最大化するための考え方を整理します。
参考・出典 本文中の実験:Sam Glucksberg(1962)、
出典:Daniel H. Pink「やる気に関する驚きの科学」TED.com


