【PMI実務Q&A】第12回 ~ 遠隔地で買収した企業をどう管理・経営するか
― 業務管理と経営管理を混同しないための実務 ―
当社は埼玉県の製造業です。
このたび、岐阜県にある同業の企業をM&Aで譲り受けることになりました。
当面は子会社として運営し、 社長と製造部門の責任者が出張ベースで現地に入る予定です。
管理部門については、経理や人事の仕組みが異なるため、 当面は月次の数字を本社で確認し、
必要に応じてデータを受け取る形を考えています。
人事制度や報酬制度も、本社と無理に統一する予定はありません。
このような進め方で、遠隔地の企業を管理・経営していくうえで問題はないでしょうか。
- 業務としての管理と、経営としての管理は明確に分けて考える必要があります
- 遠隔地M&Aでは、買収直後の数か月間の社長の関与が、その後を大きく左右します
- 「今は統合しない」という判断と、「将来どう統合するか」の設計は別物です
- 距離があるからこそ、経営として何を見るのかを意識的に決める必要があります
一般的に、
① 初めて
② 遠隔地
③ 異業種
のM&Aは、難易度が高いと言われています。
中小企業のM&Aでは、これらの要因が単独ではなく、複数重なっているケースも少なくありません。
そうなると、当然、M&A後の統合や経営は簡単ではなくなります。
ですから、こうしたM&Aを実施する場合は、
「実施後に、どのように企業を経営するのか」まで含めて、勝算を持って判断する必要があります。
特に遠隔地の企業とのM&Aでは、社長の関与の仕方や、責任者を派遣できるかどうかなど、
近隣企業のM&Aとはまったく違う難しさがあります。
本稿では、遠隔地にある企業をM&Aで譲り受けた場合に、
どのような考え方で管理・マネジメントを行うべきかについて、実務の視点から整理していきます。
1.遠隔地のM&Aは、なぜ難しいのか
遠隔地の企業をM&Aで譲り受け、PMIを行う場合の難しさは、
経営の実態が見えにくくなるという点にあります。
本社の近くにあれば、社長や責任者が頻繁に足を運ぶことができ、
日常の会話や現場の空気感から、問題の兆しを早めに察知することができます。
一方で、距離が離れている企業では、どうしても訪問頻度は下がります。
その結果、
- 現地で何が起きているのかが分かりにくい
- 情報が上がってくるまでに時間がかかる
といった状況が生じ、経営判断や対応が後手に回りやすくなります。
この「見えにくさ」こそが、遠隔地M&AにおけるPMIを難しくしている最大の要因です。
さらに遠隔地の場合、
本社側の「見えにくさ」だけでなく、現地側との心理的な距離にも注意が必要になります。
本社の関与が弱い状態が続くと、現地では、
- 自分たちはどこまで期待されているのか
- 本社は本気でこの会社を経営するつもりがあるのか
といった不安が生じ、
報告が形式的になったり、問題が表に出にくくなったりすることもあります。
たとえば、遠隔地に子会社を新設する場合であっても、
新しい企業の管理や経営は決して簡単ではありません。
地域が違えば、社員の仕事観や価値観、本社に対する距離感も異なります。
特に、都市部の企業と地方の企業では、
仕事に対する前提そのものが異なることも少なくありません。
都市部では、
より高い役割や報酬を求めて転職を重ねることが、自然な選択肢として受け止められる一方、
地方では、
その地域で安定した暮らしを続けることを前提に、仕事を選び、働いている人も多くいます。
そのため、同じ「評価」「処遇」「キャリア」という言葉を使っていても、
受け止め方や期待値が大きく異なるケースがあるのです。
ですから、地方拠点では、本社が意識的に仕組みを作り、関与していかないと、
本社が目指す方向性とは異なる判断や運営が、知らないうちに積み重なってしまうことがあります。
それでも子会社設立であれば、
経営理念や方針、評価の考え方を理解した人たちが立ち上げに深く関与します。
また、
- システム
- 規程
- 人事評価
- 業務プロセス
といった点も、最初から本社と同じ前提でスタートできます。
しかし、M&Aで譲り受けた企業は事情がまったく異なります。
経営理念も、評価の考え方も、業務の進め方も、
その会社の歴史の中で作られてきたものだからです。
中小企業のM&Aでは、買収して初めて分かることが非常に多いのが実情です。
むしろ、ほとんどのことは、買わなければ分からないと言っても過言ではありません。
その状態で、既存の事業を回しながら、M&Aで譲り受けた企業を経営し、
さらに当初目論んだシナジーまで実現しなければならない。
こうした点において、M&Aで譲り受けた企業の経営は、
子会社設立と比べても、はるかに難易度が高いと言えます。
2.業務としての管理と、経営としての管理を分けて考える
遠隔地の企業をM&Aで譲り受けた場合、まず整理しておくべきなのは、
「業務としての管理」と「経営としての管理」は別物であるという点です。
当面は子会社として運営し、日々の業務はこれまでのやり方を尊重する。
この判断自体は、現実的で合理的です。
地域によって、賃金水準や人材市場、働き方の前提が異なる以上、
人事制度や報酬制度を無理に本社と揃えないという選択も、
むしろ妥当と言えるでしょう。
一方で、その判断と同時に、「今の管理のやり方で、経営の実態が見えているのか」
という点は、必ず確認しておく必要があります。
月次の数字を本社で確認し、必要に応じてデータをもらう。
最低限の管理としては理解できますが、それだけで経営を見ているとは言えません。
業務としては回っていても、経営としては見えていない。
この状態は、遠隔地PMIでは特に起こりやすいのです。
業務管理とは、日々のオペレーションを止めないことです。
製造業であれば、
- 生産が計画通り進んでいるか
- 品質に問題が出ていないか
- 現場の指示系統が機能しているか
といった点が中心になります。
製造部門の責任者が現地に入れば、こうした業務面は、ある程度把握できるでしょう。
しかし、経営管理は次元が異なります。
経営として見るべきなのは、
- どこで、どのような判断が行われているのか
- 誰が事実上の意思決定をしているのか
- 問題が起きたときでも、適切に対処できる組織構造になっているか
といった点です。
これらは、数字や報告書を見ているだけでは、なかなか見えてきません。
数字は結果であって、そこに至るまでの現場の無理や負荷、
判断の積み重ねまでは映し出してくれないからです。
だからこそ、遠隔地のPMIでは、「業務は任せるが、経営は本社が見る」
という線引きを、意識的に設計する必要があります。
3.最初の数か月、社長はどこまで関与すべきか
遠隔地の企業をM&Aで譲り受けた場合、
経営管理の観点で最も重要なのが、買収直後の最初の数か月をどう過ごすかです。
この時期に、社長がどこまで関与するのか、誰を責任者として位置づけるのかによって、
その後のPMIの進み方は大きく変わります。
中小企業のM&Aでは、買収して初めて見えてくることが次々と出てきます。
- 実際の意思決定は誰が行っているのか
- 数字に出てこないボトルネックはどこか
- 人や組織の関係性の中で、何が機能しているのか
こうした点は、月に1回、2回の訪問では把握できません。
そのため、遠隔地M&Aでは、最初の数か月は、
社長がかなり深く関与することを前提に考える必要があります。
理想を言えば、
一定期間、社長自身がほぼ常駐する、あるいはそれに近い頻度で現地に入り、
経営の実態を自分の目で確認することが望ましいでしょう。
それが難しい場合でも、
最初から「この企業の経営の責任者は誰か」を明確にしておくことが欠かせません。
製造や営業の責任者と、経営管理の責任者は、必ずしも同じではありません。
遠隔地PMIでは、「誰が経営を見るのか」を最初に決めておくことが、
その後の安定性を大きく左右します。
4.人と金の統合を、いつ・誰が判断するのか
遠隔地の企業をM&Aで譲り受けた場合、
業務管理や経営管理とあわせて、必ず考えておかなければならないのが、
人と金を、いつ・誰が判断して統合していくのかという点です。
当面は子会社として運営し、人事制度や報酬制度を無理に統合しない。
この判断自体は、現実的で合理的です。
しかしそれは、「統合しない」と決めたのではなく、
「今は統合しない」と判断したに過ぎません。
まず「金」についてです。
遠隔地の場合は特に、
最終的に誰が判断・決裁するのかを明確にしておく必要があります。
次に「人」についてです。
人事制度や評価・報酬制度を本社と統一しない場合であっても、
その制度が本当に機能しているのかは、必ず確認しなければなりません。
- 優秀な人材が離職するリスクはないか
- 将来、本社が期待するレベルの人材を採用できるのか
本社と統一しないということは、そのままにしてよい、という意味ではありません。
その地域、その企業の社風、そして将来あるべき企業の姿に見合った制度に、
作り替えていく必要があります。
遠隔地にある企業だからこそ、「今は揃えない」という判断と同時に、
いつ・どこで・誰が判断するのかという設計をあらかじめ持っておくことが重要です。
✅ 次回予告
第13回 ~ M&A後、人事制度・評価・給与はどこまで統合すべきか

