【PMI実務Q&A】第6回 ~ M&A後の離職防止 ― 最初の1年間で押さえるべきポイント

―PMIの成否を左右する“初動”の重要性 ―

質問6:

当社は現在、西日本にある同業企業の買収を検討しています。

その企業には有資格者の技術者が複数在籍しており、将来的な業容拡大に向けて、当社グループにとって非常に良いパートナーになると期待しています。

ただ、知り合いの社長から、「M&A後に買収した企業の従業員がかなり辞めてしまって困った」という話を聞きました。

買収した企業は地域も離れており、当面はこれまで通り事業を運営する予定ですが、それでも離職リスクはあるのでしょうか。

M&A後に従業員が離職する理由と、事前に気を付けるべきポイントがあれば教えてください。


M&A後、最初に直面する課題の一つが「従業員が辞めない環境をどうつくるか」という問題です。
特に今回のケースでは、有資格者や技術職といった専門人材が抜けると、買収の前提そのものが崩れてしまいます。

本稿では、M&A後に離職が起こる背景と、PMI初期に経営者が気を付けるべきポイントを整理します。


1.M&A直後は、不安が最も高まる時期

従業員にとってM&Aは、「将来の自分の処遇や仕事がどうなるのか」を強く意識する出来事です。
これからの雇用や待遇、評価制度、役割など、今まであまり考えなかったことが大きく変わる可能性があるため、M&A直後は従業員の間に不安が広がります。

M&A後に経営者が最初に行うべきことは、何が変わり、何が当面変わらないのかを、できるだけ早く従業員に伝えることです。
「変える/変えない」の判断や伝え方については、第5回 ~ M&A後の従業員面談 ― 何を伝え、どう向き合うべきかで詳しく解説していますので、併せてご参照ください。


2.M&Aが“外の選択肢”への意識を促す

中小企業では、自分の仕事が外部でどの程度評価されるのか、あるいはどれほど市場価値があるのかを意識しながら働いている従業員は多くありません。
長く同じ会社で働いている人ほど、「この会社で働くのが当たり前」という感覚が強いものです。

しかし、M&Aが起こると、従業員の中に将来への不安が芽生えます。
「このまま働き続けられるのか」「何か変わるのではないか」という気持ちが強まり、転職サイトや人材紹介会社への登録を考える人もいます。

特に、有資格者や経理・人事・生産管理といった“他社でも通用しやすい職種”では、サイトに掲載された求人情報やエージェントとの面談を通じて、自身の市場価値や求人数の多さに気づく人も出てきます。

このような状況の中で、M&A直後に押さえるべきポイントが3つあります。


3.離職を防ぐ3つのポイント

(1)これまでの感謝と、力を貸してほしいという思いを伝える

中小企業では、自分の貢献度をあまり意識しないまま働いている従業員も多く、
長年勤めるほど「当たり前のことをしてきただけ」と考えるケースも少なくありません。

だからこそ、M&A直後で不安が高まる時期ほど、

  • これまで会社を支えてくれたことへの感謝
  • 今後も力を貸してほしいという思い

を丁寧に伝えることが重要です。
従業員が 「自分は必要とされている」 と実感できることは、離職防止の第一歩です。


(2)“現場キーパーソン”の早期把握と関係構築

M&A後の現場には、役職に関係なく、業務の要所を押さえ、周囲に影響力を持つ社員が必ず存在します。

たとえば、

  • 熟練技能を持つ技術者
  • 部門で意見が集まりやすい社員
  • 現場から信頼される中堅社員
  • 会社全体の事情に詳しい古株の総務担当者

などです。

こうした“現場のキーパーソン”を早期に特定し、経営方針や今後の運営方針について丁寧に説明し、
不安・懸念を個別に把握することが非常に重要です。

誤解の芽を早期に摘むことで、現場全体の不安定化を未然に防ぐことができます。
これは制度改定や組織再編を行う前に必ず取り組むべき、PMI初期の最重要タスクの一つです。


(3)“処遇”を適切な方向へ動かす

そして離職防止に最も効果があるのは、やはり 「処遇」 です。

もし給与や待遇が市場価値と大きく乖離している場合、どれだけ感謝を伝えても、どれだけコミュニケーションを重ねても、離職を止めるのは難しくなります。

とはいえ、中小企業では制度をすぐに抜本的に変えるのは現実的ではありません。
買収した企業を当面は子会社のまま運営するケースが多く、導入できる改善にも限界があります。

しかし、その中でも、

  • 資格手当・技能手当の追加
  • 短期インセンティブの導入
  • 小幅でも「増額の事実」をつくる

といった工夫は十分可能です。

“M&Aを機に待遇が良くなった” という事実は、従業員にとって大きな安心材料になります。
必要に応じて、制度改定などを通じて市場水準との差を段階的に埋めていけば良いでしょう。


4.本当の危機は“1年後”

M&A直後に離職者が出なくても、安心するのはまだ早いかもしれません。
実際に離職が最も増えるのは、M&A直後ではなく “1年後” だからです。

多くの従業員は、M&A直後の混乱を過ぎると落ち着き、半年〜1年は
「新しい経営体制を静かに観察する期間」
に入ります。

この間に、

  • 期待したほどの改善や変化が起きない
  • 将来への不安が解消されない

といった状態が続くと、

  • 「思っていたのと違う」
  • 「やはり転職した方が良いかもしれない」

と感じ始める人が増えます。

ですから、この“1年間”にどれだけ安心できる材料を積み上げられるかが勝負です。

では、何を積み上げるべきでしょうか。
中小企業の場合、M&Aを機に制度・組織・待遇を大きく変えるのは容易ではありませんし、時間もかかります。

それよりも、

  • できることにはすぐ対応する
  • 現場の困りごとに耳を傾ける
  • 小さな改善でも、動いて形にする

こうした積み重ねが極めて重要です。
(参照:第5回「M&A後の従業員面談 ― 何を伝え、どう向き合うべきか」

M&A後の1年間、従業員は

  • 「新しい経営者は会社をどう変えようとしているのか」
  • 「この会社で働き続けるべきか」

を静かに見ています。

経営者や現場責任者の“初動の積み重ね”こそが、1年後の離職を確実に減らす一番の方法です。

✅ 次回予告
第7回では、「M&A後に従業員が反発、どう対応すべきか(業務プロセス編)」をテーマに解説します。

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