【PMI実務Q&A】第9回~M&A後、社員の“意識が変わらない”

――行動変容をどう実現するか――

【質問9】

M&A後、譲り受けた企業の社員について、意識改革が進まず悩んでいます。
指示待ちが多く、ミスや手戻りも減らないため、仕事への向き合い方を変えてほしいと
何度も伝えてきましたが、行動がなかなか変わらず困っています。

どうすればこうした社員の意識を変えられるのでしょうか。
【要点(回答)】

M&A後に“意識が変わらない”のは、社員個人ではなく、
これまでの組織文化と環境に原因があります。
意識は「行動 → 経験 → 習慣」でしか変わらないため、
まずは望む姿勢を具体的な行動に落とし込む必要があります。

①「意識を変えろ」ではなく、“行動”に焦点を当てる
② 小さく始められる具体的な行動に翻訳する
③ 社員の行動には必ず反応し、続けやすい環境(心理的安全性・相談しやすさ)を整える
④ 行動が習慣化した結果として、意識は自然と変わっていく

M&A後のPMIでは、「社員の意識が変わらない」「何度言っても同じことを繰り返す」
という相談が本当によく寄せられます。

指示待ち、ミスの多発、生産性の停滞…。
多くの経営者は「意識が低いからだ」と感じますが、問題の本質は個人の意識ではなく、
これまで置かれてきた組織文化とマネジメント環境にあります。

本稿では、PMIの実務と組織行動学・行動心理学の知見を踏まえ、
社員の意識が変わらない本当の理由と、それを“行動変容”につなげるための
具体的な進め方を整理します。


1.経営者が言う「意識を変えろ」の正体

経営者からは、日々こんな声が聞こえてきます。

「いつも指示待ちで、自分から動こうとしない」
「自分の担当なのに、問題が起きても知らん顔をしている」
「同じミスを何度言っても繰り返す」
「言われたことしかやらず、もう一歩踏み込まない」

表現は違っても、根っこで言っていることは同じです。
こうした声を実務や組織心理の観点から整理すると、経営者が本当に求めている姿勢は、
次の3つに集約されます。

  • 自分で考え、自分から動こうとする 「自主性」
  • 仕事の結果を“自分ごと”として扱う 「責任感」
  • より良くしよう、良くなろうとする 「成長意欲」

ここで重要なのは、譲り受けた企業の社員が「意識が低い」と見えるのは、
ある意味当然だという点です。
自主性・責任感・成長意欲が自然に育つ企業は、通常は事業を売却しません。
むしろ“買う側”です。

一方で、売却される企業には、次のような共通点があります。

  • 行動基準が曖昧
  • 評価軸が定まっていない
  • 自分で考える習慣が育っていない

これらは、いわゆる“文鎮型”マネジメントに見られやすく、
トップの指示に従って仕事をすることが多い中小企業ではよく起こる状態です。

つまり、社員が“できていない”のは能力ではなく、
そう育つ環境がこれまでなかっただけなのです。

このため「意識を変えろ」と言っても、
社員は、何をどう変えればよいのかイメージできず、動くことができません。


2.組織行動学の鉄則――意識は“行動”でしか変わらない

「意識を変えてほしい」と言葉で伝えても、意識は変わりません。
組織行動学・行動心理学の基本原理でも、
人は行動し、結果を経験し、その積み重ねによって初めて考え方が変わるとされています。

これは、長年クセがついたゴルフのフォームを直すのと同じです。

頭では「ここを直さないと」と分かっていても、
実際にスイングすると元のフォームが出てしまう。

だからこそ、正しいフォームで何度もスイングを繰り返し、身体に覚えさせる必要があるのです。
仕事もまったく同じで、
経営者が望ましいと思う行動を繰り返し実践させることで、初めて社員の意識や習慣は変わっていくのです。

つまり、意識を変えたいなら、まず行動を変えさせるしかない のです。


3.望む姿勢を“行動に翻訳する”

意識を変えてもらうには、まず「求める姿勢(抽象)を行動(具体)に落とし込む(翻訳する)」必要があります。

この翻訳ができていないと、社員は動きたくても動けません。

特に中小企業や買収先の社員は、

  • 何を基準に判断すればいいかわからない
  • 自分で仕事の進め方を設計した経験がない
  • 「どんな状態が正解か」をイメージできない

という傾向が強く、この翻訳がなければ動きようがないのです。

経営者が思う「こうあってほしい」は、
“では明日からどの行動を取ればよいのか” というレベルまで落とし込む必要があります。

社員の姿勢を変えるには、いきなり完璧を求めるのではなく、
“できるところから動かす” ことが不可欠です。

これまで曖昧な環境で働いてきた社員に対しては、100%の行動を一気に求めても動けません。

まずは小さな行動から始め、できるようになったら少しずつ負荷を上げていく。

この積み重ねが、最終的に仕事に対する姿勢の変化につながります。

以下は、3つの姿勢を行動に落とし込む例です。


■ 自主性を引き出す行動
  • 毎日1つ、「自分の判断で動いたこと」を共有する
  • トラブル時は、まず3分だけ考えてから相談する
  • 週1回、短くても良いので改善案を提出する
    (内容の良し悪しよりも、“自分から動いた事実”を評価する)

■ 責任感を育てる行動
  • 仕事開始時に「今日の進め方」を自分で組み立てて共有する
  • 進捗が7割の段階で、必ず自分から報告する
  • トラブル時は「誰に・何を相談したか」をセットで伝える

■ 成長意欲につながる行動
  • 月1回、「新しく覚えたこと」を共有する
  • 新しいツールは“まず5分だけ触ってみる”ことを習慣にする
  • 小さな改善を毎月1つ共有する場をつくる

これらの行動を定着させるには、
社員が動いたときには 必ずフィードバックを返す ことがポイントです。

「見ている」「認めている」というメッセージが伝わるだけで、行動は継続しやすくなります。

細かい仕組みよりも、まずは経営者や上司が“反応する・拾う”ことが大切です。

また、経営者や上司が自分の迷いや考え方を少し共有するだけで、
社員は判断基準をつかみやすくなり、相談もしやすくなります。


4.意識改革の鍵は「行動デザイン」と「環境整備」

経営者が求める意識改革とは、
社員が自主性・責任感・成長意欲を持って仕事に向き合うようになることです。

ただし、意識は
行動 → 経験 → 習慣 → 意識
の順でしか変わりません。

まず行動が変わることで、
その結果を経験し、
それが繰り返されて習慣となり、
最後に意識が変わります。

逆に言えば、行動を変えなければ、いつまでたっても意識は変わりません。

ですから、経営者が取り組むべきことは、まずこの2つです。

1)求める状態を「具体的な行動」に落とし込む
2)その行動が続く「環境」をつくる

経営者が社員に望む姿勢を抽象的に語るのではなく、
社員が明日から実践できる行動として示す。

そして、できたときには反応し、続けられるよう支え、
少しずつ負荷を上げていく。

こうした環境が整えば、行動は継続し、習慣となり、
その積み重ねによって意識は後から自然に変わっていきます。

M&A実施後に、相手の社員の意識を嘆いても何も変わりません。
意識を変えるには、まず行動を設計し、その行動が続く環境を整えること。
それこそが、経営者が取り組むべきことなのです。

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