【PMI実務Q&A】第8回 ~ M&A後に社員が反発する原因と対処法(感情編)

— 反発の裏側にある“恐れ”を見抜き、動き出せる状態をつくる —

【質問8】

当社は産業機械を扱う商社です。今回、国内製の同用途製品を販売しているA社を買収しました。
買収後、A社の営業社員に当社製品(外国製)も提案してもらおうとしたところ、強い反発を受けています。

理由は、「外国製品は品質が劣るため、自社(A社)が築いてきた顧客の信頼を損なう」とのこと。
当社製品は外国製ですが、顧客への品質保証は当社が責任を持って行っており、これまで問題が起きたことはありません。
それでも、A社の営業社員は強い先入観から受け入れてくれません。

このように、先入観や感情から“受け入れに強く抵抗する社員”には、どのように対応すべきでしょうか。

【要点(答え)】

社員の強い反発は“先入観”ではなく、拒否されたくない・評価低下が怖いという
自己防衛の“恐れ”から生まれます。

①最初に感情を受け止め、不安の正体(品質・信用・評価・負荷)を丁寧に特定すること
②「結果の責任は会社が持つ」「試験期間は評価にマイナス反映しない」など心理的安全性を整えること
③多数派は“反対”ではなく“漠然とした不安”の層。個別説明・小さな成功事例・推進役の活用で前向きに動かすこと
④強い反発者は中心に置かず、役割を見直す。仕組み(KPI・会議体・評価)で属人的な抵抗を無力化すること

この4点が、感情面での反発を解消し、クロスセルや統合を前に進める核心です。

M&A後の営業現場では、数字やロジックよりも“感情”が先に働き、
思いこみや不安が強い反発として表面化することがあります。
そこで今回は、クロスセル推進の妨げとなる「感情面での反発」への向き合い方を整理します。


1.反発は「思いこみ」ではなく“恐れ”から生まれる

営業担当者が「そんな製品は売れない」と言うとき、
その言葉の背景には、単なる先入観ではなく“恐れ”が潜んでいることが多いものです。

営業は顧客からダイレクトに反応を受ける職種であり、拒否や否定に非常に敏感です。
そのため、次のような感情が強く働きます。

  • 顧客から否定されるのが怖い
  • 自分の営業スタイルを否定されたように感じる
  • 売れなかったときの評価低下が怖い
  • やったことのない提案への抵抗
  • 「外国製=品質が低い」という先入観(根底は“信用喪失が怖い”)

特に中小企業では、「自分のやり方=自分の価値」 になりがちです。

心理学で言えば、“今のやり方のままが安心”という 現状維持バイアス に近い状態です。

つまり営業の反発は、
表面的には“先入観”に見えても、実際は 自己防衛としての感情反応 なのです。


2.まずは感情を受け止める

このような状態の営業員に対して、こちらが正しい理由をいくら説明しても、反発は強まるだけです。
最初に必要なのは、相手の感情を受け止めることです。

  • どこが不安なのか
  • 過去に似た経験があるのか
  • 何が気になっているのか

これを丁寧に聞き、

「そう感じているんですね」
「そういう背景があったんですね」

と受け止めることで、
“聞いてもらえた”という感覚が生まれ、角が取れ始めます。

ただし——

同じ話が何度も繰り返されるようなら、
いったん区切り、「これからどうするか」に話を移す必要があります。
過去の不満を掘り続けても、前には進めないからです。


3.不安の“正体”を見極める(実務で最重要)

1で示した「恐れ」は漠然としています。
対処には、その中身を分解し、“本当の不安”を特定することが欠かせません。

営業が抱く不安は次の4つに分類されます。

  • 製品品質への不安
  • 顧客の信用を失う恐れ
  • 成果が出なかったときの評価低下
  • 新しい業務への心理的ハードル

これらが混ざり合い、
「売れない」という表面的な拒否に変換されています。

だからこそ、

「もし本当に顧客の反応が悪ければ、その責任は経営が持つ」

というメッセージは極めて有効です。

“売れなかったら自分が責められるのではないか” という恐れが弱まり、
前に進める心理的余裕が生まれます。

ここで重要なのは、単なる「口約束」にしないことです。例えば:

  • クロスセルの「試験期間」を決め、その期間の結果は人事評価にマイナス反映しない
  • 試験期間中の顧客クレームやトラブル対応は、会社として前面に立つ(特別保証・返品対応など)
  • うまくいかなかったケースも含めて、責めるのではなく「学び」として扱う

こうした運用を通じて、いわゆる 心理的安全性 を高めていくことが大切です。

もちろん、売れない言い訳として使われないよう、
客観的データの検証や顧客インタビューは並行して行う必要があります。


4.大多数は漠然とした不安を抱えているだけ

営業組織で反発が強く見えても、
本当に強い意思を持って抵抗しているのは、ごく少数にすぎません。

その一方で、大多数の社員は、

  • 方針そのものに反対しているわけではない
  • ただ漠然とした不安がある
  • 変化への躊躇が大きい
  • 周囲の反発に影響されているだけ

という状態です。

多多くの社員に個別に話を聞くと、本音はこうだったりします。

  • 方針自体は理解できる
  • ただ、上手くいくのかどうか、まだイメージがつかない
  • 失敗して顧客を失うのが怖い
  • 声の大きいベテランが反対しているので、なんとなく流されている

つまり大多数は「反対派」ではなく、
不安や躊躇から様子を見ているだけの層 です。

だからこそ、

  • 多数派の社員に丁寧に説明する
  • 小さな成功事例をストーリーとして共有する
    • 例:「A社の○○さんが◯◯社に初めて外国製品を提案したところ、顧客からこんな反応があった」

といった取り組みが、最も効果を発揮します。

また、現場の中で比較的前向きな数名を 「変革の推進役(リーダー)」 として位置づけ、
経営と現場の間で情報をつなぐ役割を担ってもらうのも有効です。

大多数が前向きになり始めると、
反対者の影響力は自然と弱まっていきます。


5.強い反発者に重要な役割を任せない

大多数が動き始めると、
最後まで反発し続ける少数の社員だけが浮き上がります。

この場合の判断は明快です。

「協力してくれるなら歓迎。変われないなら、役割は別の人に任せる。」

  • クロスセルの推進役から外す
  • 担当顧客・担当エリアを見直す
  • プロジェクトから距離を置いてもらう

これは対立ではなく、組織を前に進めるために必要なマネジメントです。

そして、もう一つ重要な理由があります。

強い反発者をそのまま組織の中心に据えてしまうと、
営業が「個人の感情や経験則」に大きく引きずられてしまうからです。

本来、営業とは“属人的な勘”ではなく、
ファクトとプロセスに基づき再現できる仕事です。

  • 顧客の購買理由
  • 案件化プロセス
  • 行動量と質
  • KPIの設計
  • 再現性ある行動習慣

これらは個人の経験や思いこみではなく、
設計・運用・仕組みで管理すべき領域です。

だからこそ、強く反発する人を中心に据えると、
組織全体がその人の“感覚”に流されやすくなり、
営業の構造化が進まなくなるのです。

👉 営業を“科学”として再現するアプローチに関心がある方は、
 拙著『管理職のための KPIと財務【入門編】』も参考になると思います。


6.“職人タイプ”の社員は別枠で考える

営営業だけでなく、製造現場には高度技能を持つ“職人タイプ”の社員がいます。

  • 昔かたぎ
  • 柔軟性が低い
  • 自分のやり方を変えない
  • 技能は高いが、変化には非常に弱い

こうした人が新しい取り組みに反発するのは、ある意味、ごく自然なことです。

しかも、営業以上に変化に適応しづらく、
丁寧な説明や小さな成功体験を積んでも、なかなか動かないケースもあります。

その場合の対応は、次の2つに分かれます。

● 会社がその人なしでも回る場合

ままずは、経営方針を受け入れられるかどうかを本人に判断してもらいます。
受け入れがたい場合は、

  • 影響の少ない部署・工程への異動
  • それでも難しければ、辞めても致し方ないという判断

という順番になります。

● その人がいないと現場が回らない場合(高度技能者)

これは本来、M&AのDD段階で見極めておくべき「人材リスク」です。
ただ、中小企業のM&Aでは、そこまで十分に見極めきれないことも実務上はよくあります。

その場合、現実的には、対話を続けながらも、しばらくの間は:

  • 専門職ポジションで権限・処遇を維持する
  • 大きな変化は求めない役割設計にする
  • 場合によっては報酬・待遇を調整する

といった“例外対応”が必要になります。

あわせて、中長期的には、

  • 技能継承の仕組みづくり(見える化・OJTの設計)
  • 管理職ルートとは別の「専門職キャリア」(マイスター・フェロー的な位置づけ)の検討

などを通じて、「いなくても現場が回る体制づくり」を急ぐ必要があります。


7.“行動が変わる仕組み”を整える

感感情面の整理を行うと、組織はようやく“前に進める状態”になります。

しかし会社が本当に変わるかどうかは、
社員の行動が実際に変わるかどうか にかかっています。

ところが中小企業では、自ら行動を変えられる社員は多くありません。

そのため、

  • 役割・権限の設計(誰が何を担当するか)
  • KPI・会議体の設計(何をどの頻度でモニタリングするか)
  • 評価制度・報酬制度の運用(結果だけでなくプロセスも評価するか)

といった “行動が変わらざるを得ない仕組み” を整えることが不可欠です。

例えばクロスセルの初期段階では、

  • 売上だけでなく「提案件数」「新製品の学習・研修への参加」も評価項目に入れる
  • 既存製品と新製品のバランスが極端にならないよう、目標設定とインセンティブを設計する

といった工夫も考えられます。

これについては、第9回(行動変容編)で詳しく扱います。

✅ 次回予告
第9回~M&A後に社員が反発する原因と対処法(行動変容編)

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