「株は売りません、お金だけ出してください」──元銀行員が見た“投資詐欺がなくならない本当の理由”

投資詐欺やネット詐欺について、私は常々疑問を抱いていました。

「なぜ、あんなにうますぎる話に引っかかるのか?」

ノーリスクで大儲けできる話など、常識的に考えればあり得ないはずなのに、被害者は後を絶ちません。ところが、ある経営相談を通じて、その答えの一端が見えたような気がしました。

「スポンサーを探しています」と言う社長

それは、東北地方の金融機関から紹介された日帰り温泉施設の社長との面談です。

社長によると、施設はかなり老朽化しており、客足も減少。原材料費の高騰もあり、赤字が続いているとのことでした。しかし、そんな状況のなか、社長は意気込みます。

「施設をリニューアルして、宿泊設備を新設すれば黒字化できるはずです」

前向きな姿勢には感心しましたが、根拠や計画についての説明はありません。そこで、少し不安を感じながら「資金はどうされるおつもりですか」と質問すると、

「実は、その資金を提供してくれるスポンサーを探しているんです」との回答がありました。

「スポンサーということは、つまり、株式を引き受けてくれる出資者を探しているということでしょうか?」そう聞いた私に、社長は意外そうな顔でこう答えました。

「いえ、株は売りませんよ。ただ、お金を出してくれる企業や投資家を探しているんです。伊藤さんはファンドに詳しいと聞いていますので、ぜひお願いできませんか?」

私は一瞬、言葉に詰まりました。

この温泉施設は、特色のない一般的な日帰り型。老朽化も進み、競合との差別化も難しそうです。今のまま宿泊機能を足しても、集客が劇的に改善するとは考えにくい。

そこでこう尋ねました。

「それほど利益が出る見込みがあるということですが、どのような計画を立てているのですか?」

すると返ってきたのは、予想を裏切る一言でした。

「計画は立てていません。やってみないとわからないし。でも、きっとうまくいくと思います」

……ある意味で潔い。しかし、現実はそう甘くはありません。

支店長の一言にさらに驚く

さらに衝撃的だったのは、同席していた金融機関の支店長の言葉です。そこまで、話を静かに聞いていた彼女が、不意にこちらを見てこう尋ねました。

「ご支援いただく場合、費用はどのくらいになりますでしょうか?」

耳を疑いました。

この施設は赤字企業であり、明確な再建計画もありません。投資リスクや事業性の検討以前に、「とりあえずお金を出してくれる人を探す」──そんな話を、なぜそのまま私に投げてくるのか。

どうやらこの支店長は、赤字先に融資できない状況で、「ファンドや投資家ならどうにかしてくれるかもしれない」と漠然と考えていたようです。

この面談を通じて、私が痛感したのは、「出資=リスクを取る」という感覚の欠如です。

この社長は、自分ではリスクを負いたくないけれど、誰かに資金だけは出してほしいと真剣に思っている。その背景にあるのは、「お金=無償の支援」というような認識のズレです。そして驚くべきことに、それを金融機関の現場担当者までもが理解していない。これでは、詐欺師のつけ入る隙があるのも当然です。

「元本保証で年利10%」「今だけ特別な情報があります」

そんな“あり得ない話”に、なぜ人が騙されるのか。

答えは、騙される人が特別なのではなく、社会全体の金融リテラシーが脆弱だからです。

金融教育の欠如という根本問題

日本では、「リスクとリターン」の基本的な考え方を学ぶ機会が極めて限られています。投資にはリスクがある。そして、リターンはリスクの度合いに応じて決まる。このシンプルな原理原則を理解していれば、詐欺的な話に引っかかる可能性はぐっと減るはずです。

最近はNISAの拡充などを通じて投資への関心は高まりつつありますが、制度ばかりが進み、「理解」が追いついていない。銀行、証券会社、行政など、“伝える側”の金融リテラシー強化もまた必要だと感じます。

「お金の話は人前でするものではない」

「投資は怖いものだ」

といった日本社会に根強く残る価値観も、こうした問題の温床かもしれません。

詐欺を防ぐには、「うまい話」の裏にあるリスクを見抜く力が不可欠です。リターンを得るには、それに見合ったリスクを取るしかない。この基本を理解しているだけでも、投資詐欺の多くは回避できるはずです。

今回の面談は、単なる経営相談を超えて、「なぜ詐欺がなくならないのか」という問いに対するリアルな答えを示してくれたように思います。

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