組織を未来へつなぐ——専門家集団と経営の力

立派な病院でも、経営が立ち行かず衰退していく例は少なくありません。
病院で働く医師や看護師は、製造業でいえば、高い技能を持つ技術者のような存在です。
現場を支える専門家なしに病院経営は不可能です。しかし病院経営には、この専門家集団を束ねる力が必要です。
現場の専門性と経営スキル、その両輪がそろってこそ、組織は未来へと歩み続けられるのです。

経営不振に直面する地方病院の現実

銀行の依頼で、東海地方のある総合病院を訪ねました。
外観は堂々とした建物でしたが、中に入った瞬間、私は驚きました。

広いロビーは閑散とし、病床は半分しか埋まっていません。暗い廊下には段ボールや古い機械が置かれ、すれ違う職員にあいさつをしても、あまり反応がありません。患者の姿もほとんどなく、病院というより活気を失った施設に見えました。

面談の席で、院長は「立地が悪く、専門医が少ないことで患者が減ってしまって数年前から赤字になってしまった」と語りました。
確かに立地や専門医の問題は一因ではあるかもしれません。
しかし私には、院内を歩いたときに感じた、業績不振企業と同じような兆候が一番の原因だと感じていました。

日本では、病院の開設者は医師に限られるため、院長が「医療の責任者」であると同時に「経営者」にもなります。
ところが多くの院長は医療に専念し、経営を事務長に任せがちです。

この病院でも、院長はあまり経営にタッチせず、事務長に任せきりでした。
しかし事務長は「人事や組織を導くマネジメント役」にはなっておらず、単なる事務作業の取りまとめにとどまっていました。

過去に外部の支援を受けたことはあるかと尋ねると、事務長は「考えたこともないですね。私は長年やっていて、職員のこともよく理解していますから必要だと思ったことはありません」と答え、院長も「事務長に任せています」とだけ言いました。
院長も事務長のやり方に満足しているわけではないようでしたが、「自分には事務的なことはわからない」という思いから、結局は任せきりになっているようでした。

二人の話を聞いて、ああ、やっぱりこの病院には”経営者”がいないのだと思いました。


医療のプロ集団に欠かせない“経営のプロ”

事務長は医療領域に踏み込めず、医師や看護師は「自分たちは有資格者だ」という意識から、非医療職の意見を受け入れにくい。
製造業でいえば、熟練工が自分の腕に誇りを持ち、管理職や外部の声を聞こうとしないのと同じです。

さらに、この病院には基本的な規律すら欠けていました
暗い廊下の照明は消えたままのものがあり、段ボールや古い機械は通路に放置され、職員からの挨拶もない。
製造業であれば当たり前に徹底される5Sや指さし確認のような規律が、この病院では機能していなかったのです。

欧米では病院経営に法人や投資家が参入でき、医師は医療に専念し、経営はプロのマネジメントが担います。
しかし日本では、院長が経営責任を負いながら、実際には経営に向き合わず、事務長もマネジメントを果たさない。
その結果、病院には“経営者”が存在しない状態になってしまいます。
この経営の空白こそが、病院を静かに蝕む最大の要因だと感じました。


これからの病院経営に求められるもの

東海地方で見た病院は、その典型例でした。
立派な建物や地域の歴史があっても、経営の不在は院内の空気を廃墟のように変えてしまいます。

病院で働く医療従事者も、製造業の現場の熟練工も、現場を支える専門家としては一流です。
しかし、組織を存続させるには経営の視点が欠かせません。

経営もスキルです。現場で専門的な仕事だけをしてきた人に、いきなり経営を任せても組織運営はできません。
製造業の熟練工に「社長をやれ」と言うようなものです。

この病院を立て直すには、経営スキルを持った人を事務長に据えるか、外部の知見を積極的に取り入れる必要があります。患者が減少する本当の理由を理解し、スタッフの採用や、優秀でやる気があるスタッフを育成できる制度や仕組みに作り直す。
こうしたことを早急に行わない限り、経営の立て直しどころか、衰退の速度はますます加速するはずです。

しかし、それを決断できるのも経営者です。決断を先送りすれば、病院の未来はますます狭まってしまいます。

これまで病院は国の制度に支えられて存続してきましたが、医療制度の変化により、経営を意識せずに成り立つ時代は終わりました。
すばらしい医療を提供できる病院を未来につなげるためには、経営者でもある医師が、より経営に向き合い、スキルを高めていくことが求められる時代になっています。

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